再解析データとは?
「データのグローバル化」のところで述べたデータ同化という手法は、気候科学を変えた。現在は、世界の固定もしくは移動観測点で観測された過去の「気象データ」に、この手法を適用して、全球数百万点の3次元格子での物理学的に一貫したデータが、過去数十年にわたって作成されている。これが「再解析データ」である。この再解析データは、それまでの定性的な説明が主だった気候学を、定量的な解析が出来る気候科学へと変えた。このデータは、気候の様々な研究に現在利用されている。
そもそもの始まりは、数値予報の初期値作成のための客観解析だった。これからデータ同化に至る経緯は、「データのグローバル化 」のところで述べた。このデータ同化によって、物理的に一貫性のある全世界の3次元格子点値が、数値予報のための初期値として作成できるようになった。
ところが、さらにコンピュータの能力が向上するにつれて、新しいアイデアが生まれてきた。それは過去の3次元格子点値を、このデータ同化手法を用いて全て作り直してはどうか?ということだった。つまり、過去を含むあらゆる気象データを4次元同化モデルに取り込んで、時々刻々の値を計算できたら、気象観測データがある期間について、地球上のあらゆる格子点での気象を再現することができる。そうすれば、そこから気候を解析できるようになる。
しかし、数値予報のために作成した3次元格子点での初期値は気候統計のためには使えない。なぜなら、観測装置と同様に、データ同化のための解析モデルが随時更新されるからである。更新された後では予報精度は向上するかもしれないが、モデル更新の前後で3次元格子点値の時間的一貫性は失われてしまう。
再解析の経緯
この過去の全球格子点値を再計算するという発想は、世界気象監視(WWW)を研究面から支援する「全球大気研究プログラム(GARP)」の「全球気象観測実験(FGGE)」から生まれた。この「全球気象観測実験」は、しばしば「史上最大の科学観測実験」と呼ばれている。
GARPのロゴ
このFGGE観測実験が行われた1978年から79年の期間中、WWWの基本観測システムに加えて、368個の漂流ブイ、80機の航空機、実験衛星ニンバス-7からなる「特別観測システム」が追加され、静止衛星を介して航空機からの観測データをリアルタイムで報告する中継も行われた。また60日間の特別観測期間には、熱帯で最大で43隻の船と313個の定高度気球、さらに一部の期間には航空機からの気象ゾンデの投下が行われた。
FGGEの観測実験は、予報の精度向上を目的とする世界気象監視(WWW)のための研究観測であったが、これらの膨大なデータの一部は、予報のためのリアルタイムでの処理が出来なかった。しかししばらくした後で、この予報に使えなかったデータを含めて、格子点化された1年分の全球解析データが作られた。
これはGARPにおいて、大気大循環と気候の理解を深めるという目的に使われた。この全球解析データは、全球大気循環の最も詳細なデータイメージの出発点となるものだった。モデラーたちは定期的に会合を開き、これを用いて互いの大循環モデルの比較を行った。しかし、1年分の全球解析データでは、期間が短すぎて気候研究には使えなかった。
1980年代に、欧州中期予報センター長官のベングトソンは、単一の「固定された(frozen)」データ同化システムで観測データを処理して、10 年分の全球解析データを作成するという、再解析プロジェクトを初めて構想した(データ同化については、「データのグローバル化」を参照)。単一のシステムを使えば、期間内のデータの一貫性を保つことが出来る。
この構想を発展させて、NASA のゴダード大気研究所内のデータ同化室(DAO)は、GEOS-1 再解析(1994~1999年)を行った。欧州中期予報センターは、ERA-15(1979 年~1994年)と名付けた再解析を実施した。米国の国立環境予報センター(NCEP)とNCARは、35 年間(1958 年~1992 年)の再解析プロジェクトを実施した。これらが再解析の始まりである。
これらは第一世代の再解析と呼ばれ、現在では第二世代、第三世代の再解析プロダクトが発表されている。日本の気象庁もJRA-55やJRA-3Qという独自の再解析プロダクトを発表している。
気象庁の再解析 (https://www.data.jma.go.jp/suishin/cgi-bin/catalogue/make_product_page.cgi?id=JRA) |
この再解析のために用いられているデータは、いわゆる「気候データ」ではない。数値予報の初期値作成に間に合わなかった観測も含めて、地上気象、ラジオゾンデ、船、ブイ、航空機からなどのあらゆる「気象データ」が用いられている。
再解析の気候科学における意義
現在の再解析などの状況を鑑みると、1839年に英国の評論家ラスキンが述べた、本の原題ともなっている『A Vast Machine』という発想は示唆的である。ラスキンが200年近く前に理想としていた「地上におけるあらゆる瞬間のあらゆる地点での大気状態を知ることができるようになる」ことが、現代では実現している。
このブログの「わかるとは? 」のところで「気候変動をわかろうとする場合には、その前の気候がどうであったを知って、それと現在とを比較しなければならない」と述べた。現在が異常かどうかを判別するには、過去の標準的な状態と比較するしかない。気候の場合は、この標準的な状態を算出するものとして、再解析データが使われることが多い。また、過去の特定の時期の特定の場所の気象状況がどうであったかを知ることも出来る。
これは解析データであり、個々の地点で観測した気候データと直接置き換えることができるわけではない。しかし、観測データは要素毎に独立して観測されており、また誤差や誤りが入り込む余地があるため、観測データを物理学方程式に代入しても、その方程式が成り立つとは限らない。しかし再解析データは、データを方程式に代入すると、いつでもどこでもおおむねその方程式は成り立つ(逆にそうなるように作成されている)。
この物理学的一貫性により、再解析データを用いれば、さまざまな場所や日時や要素について、過去と現在の気象や気候の比較が可能になる。そのため、地球温暖化などの気候変動や異常気象に関する議論の基礎データとなっている。つまり再解析データは、気候に関する「知のインフラストラクチャ」の一部となっている。
再解析データとグローバル化の歴史
グローバル化が進んだ現代では、「歴史的な不況」など、グローバルな経済状況に「歴史的」という枕詞をつけて報道されることがあるが、その統計の期間は意外に短い。例えば、経済で真のグルーバル化が進んだのは冷戦終結後からである。それまで多くの国家が独自の手法で経済統計を行ってきたため、それ以前に遡って長い一貫したグローバルな経済統計の指標を見つけること、あるいは補正して作ることは容易ではない。2010年頃唱えられた「100年に1度の世界的な経済危機」は、果たして学術的な統計上でも、本当にグローバルな観点で100年に1度だったのだろうか?
現在、再解析データは過去100年以上前の全世界の気象にまで遡ろうとしている。これは驚くべきことである。著者であるエドワーズは、グローバルという観点から見た場合、気象学の分野ほど一貫した品質を持った長期間のデータが整った分野は他にないだろうと述べている。そして、それが世界中の人々が懸念している地球温暖化と異常気象に関する議論を可能にしている。つまり、再解析データは気候に関する知のインフラストラクチャとなっている、ということができる。