2024/06/15

インフラストラクチャとしての気候知識(3)

  気候の知識を生み出すインフラストラクチャ

現代の気候科学は、グローバルな気候に関する知識インフラストラクチャから生み出されているが、それは気象のインフラストラクチャがベースとなっている。

気象のグローバルなインフラストラクチャを、再度要約すると次のようになる。まず気象に関する「グローバルデータの収集」を行わなければならない。次に、集めたデータを時間的にも空間的に一貫性のある正確な格子点データに変換するために、「データのグローバル化」を行う必要がある(この2つには主として「データ摩擦」と「計算摩擦」が作用する)。

気象のインフラストラクチャの最重要点の一つは、時間だった。発表時刻に間に合わなかった予報は、情報としての意味がない。しかし、気候科学はそれとは異なり、じっくりとデータを吟味して使うことが出来た。ただし、気候のインフラストラクチャとなるためには、データが時間・空間において一貫して均質でなければならない。

全球の気候データをインフラストラクチャ化するためには、世界中の観測地点において、過去のメタデータ(観測状況に関する記録)を入手して、「インフラストラクチャを遡及」を行う。つまりメタデータに基づいて過去データの補正を行う必要がある。その際にはメタデータを捜索して入手するという「メタデータ摩擦」に直面することもある。

そうやって補正されたデータを用いて、コンピュータによるデータ解析モデル(「データのグローバル化」の中の「モデルとデータとの関係」を参照)によって、時間的にも空間的に一貫性のあるグローバルなデータイメージ(データのグローバル化」を参照)が作成される。

  全球3次元での一貫した時空間的にシームレスな全球初期値・データイメージ(再解析データ)
気象と気候から見たデータのグローバル化の概念図。

そうやって作られた過去のグローバルなデータイメージが、現在の気候のインフラストラクチャの一部を構成している。なお、こうやって作られたデータイメージは、一つの決定的なグローバルなデータセットとは限らない。例えば、異なるデータ解析モデルによって、異なるデータイメージが作成される。 

このデータイメージは、地球物理学だけでなく生物科学、地球化学などのさまざまな分野の知識を結合するゲートウェイによって拡張されてきている。ゲートウェイとは、異質な分野のものを同じ土俵で扱えるように変換する装置のようなものである。分野が異なれば、その知識ベースや知識の様式が異なる。ゲートウェイはそれらを分野にかかわらず同等に扱えるようにする。コンピュータモデルは、その最も重要な技術的ゲートウェイとなっている。例えば地球システムモデルには、大気力学だけでなく、海洋学や植生に関する生物学、地球化学などの知識が結合されて含まれている。

地球システムの構成要素とさまざまな相互作用
(https://www.mri-jma.go.jp/Research/project/M/M_2019-2023_2.html)

著者のエドワーズによると、ゲートウェイとして結合が進みつつあるコンピュータモデル(例えば地球システムモデル(ESM)や統合評価モデル(IAM))は、現在の大規模かつ拡大する認識論的共同体において、中心的な組織化機能を担っている。

現代では、過去のあらゆる地点での気象を再現した再解析データや気候の将来予測は、グローバルな知識インフラストラクチャになっており、コンピュータモデルはその中心的な役割を演じている。また再現主義(「データのグローバル化 」参照)は、実現不可能な地球規模での実験の代用として、コンピュータモデルを用いたシミュレーションを受け入れている。例えば、このシミュレーションには、温暖化の影響評価を行うイベントアトリビューションなどがある。

コンピュータモデルだけでなく、1980 年代後半以降、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、制度的ゲートウェイとして気候に関するさまざまな分野の要素を結合している。これによる定期的な比較と評価と統合化のサイクルは、知識プロジェクトの中の多数の科学分野を結び付けている。著者のエドワーズによると、このサイクルプロセスは「ある共同体内で高い信頼性を持ち、標準化されて広く利用できる基礎的なシステムとサービス」であり、IPCCを権威ある気候の「知識インフラストラクチャ」にしている。

IPCCのロゴ

このIPCC で行われる評価の審査は、科学界の枠を大きく超えている。専門家の意見のみが募集される論文誌の査読とは異なり、ここでは派閥的でかつ非専門家による見解が意図的に募集され、彼らの懸念への対処が、科学的枠組みが許す範囲で行われる。著者のエドワーズによると、IPCCの徹底的で多層的で透明性の高い審査プロセスは、たとえ不完全であっても気候変動に関する知識を評価するための最善の方法となっている

この特別な審査プロセスは気候科学を他の科学分野と峻別しており、IPCCは気候の「知識インフラストラクチャ」である、という著者の概念を正当化するものとなっている。そして、地球温暖化は、この気候の「知識インフラストラクチャ」を通して多くの人々に明確に支持されている。