2024/06/26

気候モデル(地球システムモデル)の発達

データのグローバル化 」の所で、カナダの哲学者マーガレット・モリソンとイギリスの哲学者マリー・モーガンは、「モデルは知識への手段であり、知識の源でもある。」と論じている、と述べた。同様に気候モデル(地球システムモデル)は、気候変動に関する知の源の役割を果たしている。そのため、気候モデル(地球システムモデル)を概説しておく。

 気候システムとは

地球は、太陽から放射エネルギー(熱)を受けている。地球全体で見ると年平均気温はほとんど変わらないので、物理学の法則からみると、これはこの惑星が熱平衡状態であることを意味している。言い換えると、最終的に地球が太陽から受け取る熱と同量の熱を宇宙へ放射している。これは地球が熱平衡状態にある限り、たとえ地球温暖化が起こっても変わらない。

それゆえ、地球の平均的な気温は基本的にこの地球の「エネルギー収支」で決まっているので、気候を何らかモデル化することは、地球の「エネルギー収支」を組み込むことから始まる。地球の地表が太陽から受け取る放射エネルギー(熱)は、熱帯や極域など地域によって異なっている。熱帯では宇宙に放射するより多くの熱を太陽から受けて、極域では太陽から受け取るより多くの熱を放射している。したがって地球の気候は、熱帯で受け取った余剰熱を、何らかの手段で極域へ運搬する熱力学エンジンとしてのシステムで決まっている。

このエネルギー収支から地球気温を計算するためには、太陽から放射量、それを反射する地表アルベド(反射率)、大気によるそれの吸収と放射のような要素を考慮する必要がある。実際にはこれらの要素は地域毎に異なるので、気温分布を調べようとすると、地域によるそれらの違いと、大気や海の流れなどによるシステムとしての熱輸送を動的に考慮する必要がある。

オーストリアの気象学者ユリウス・フォン・ハンが1883年に出版した有名な「気候学ハンドブック」は、地球の「エネルギー収支」という概念を取り入れた最初のものだった。この本は、それ以来50年間以上にわたって、気候学の標準的な教科書となったが、この本の大部分は、気候をまだ統計的な問題として扱ったものだった。

回転水槽実験

地球の気候を決める熱輸送を研究するために、地球上の大気循環をアナログモデルで再現しようとしたものが、回転水槽実験である。これは第二次世界大戦後にアメリカとイギリスで始まった。アメリカのシカゴ大学では、この実験に当初食器洗い用の桶を使ったことから、「洗い桶(dishpan)」実験とも呼ばれている。この実験は、地球に見立てた流体を満たした2次元の水槽(桶)を用いて、ある場所を熱しながら(これが太陽熱に相当する)それを水平に回転させたものである。そうすると回転速度と温度勾配の条件(つまり熱輸送の状況)によっては、地球の高・低気圧と関連するプラネタリー波に似た流れの蛇行が水槽内に形成される[1]。

 回転水槽の実験模式図
内側(高緯度に相当)を冷やして外側(低緯度に相当)を暖めて、回転させた水槽にできる定常的な流線(破線)の模式的な例

この実験から、地球上の大規模な大気の流れは、地球独特のものではなく、力学と熱力学の法則に従った普遍的な現象であることが明確になった。これは物理学を使った気候学へのアプローチが可能、つまり数値モデルを用いた気候研究が可能であることを示した。そして、コンピュータと数値モデルの出現がこの研究をさらに推し進めることとなった。

大循環モデル出現

1950年頃から、コンピュータを用いた数値予報モデルの開発が盛んに行われるようになった。この頃、米国の気象学者ノーマン・フィリプスは、数値予報のための準地衡風モデル[2]を、数日先の気象予測に用いるのではなく、長期間先まで計算させることで、地球の平均的な大気循環を再現できるのではないかと考えた。そして1956年に、実際にこのモデルを約20 日先まで計算することで、地球規模の大気循環に関するいくつかの基本的な特徴の再現に成功した。これは「大循環モデル」と呼ばれて実質的に気候モデルの先駆けとなった。

その将来性に気付いた一人は、フォン・ノイマンである。彼は、早速大循環モデルの発展のために「数値積分技術の大循環問題への応用」と題する会議のお膳立てをした。しかし、がんが進行していたフォン・ノイマンは、1957年に亡くなってしまう(気象学と気象予報の発達史「気候学の歴史(7):気候モデルの登場」を参照)。

この会議などによる大循環モデルの意義の広まりによって、米国では大循環モデルの開発のために4 つのグループが設立された。そのうち実質的に大気科学に貢献したのは、真鍋淑郎がいた「地球物理学流体力学研究所(GFDL)」、荒川昭夫がいた「カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)」、そして笠原彰がいた「国立大気研究センター(NCAR)」の3 つである。現在は、これらの大循環モデルをベースにした数多くの気候モデル、あるいは地球システムモデルが世界各地で開発されて使われている。

大循環モデルとは

元来、大気の大循環とは、ハレーやハドレーによる赤道域の大気循環の推定から出発している。19世紀になるとモーリーやフェレルによる全球規模の風の循環の推定が行われた。しかし、当時は上空の観測手段がなく、地上はともかく、上空の大気循環は力学に基づく全くの推測だった。 

1930年代以降になると、上空を観測するラジオゾンデにより、ロスビー波などの実際の上空の大気の流れがわかってきた。しかし、それらは地域や時期を特定した断片的なものだった。地球温暖化などの気候変動が提唱されても、それがエネルギー収支に関連した問題なのか、単に大気循環が変わったためなのかはわからなかった。その地球規模の大気循環を、力学理論とコンピュータを用いてモデルシミュレーションするのが、(大気)大循環モデルである。

大循環モデルは、数値予報モデルのように観測値を初期値として使用しない。大循環モデルを用いた数値実験は、スピンアップと呼ばれるある一定時間計算して到達した平衡に近い状態を実現した後に、開始される。しかし、モデルを使った実験結果は、現実とどの程度合うのかを検証しなければならない。そのため、結果の検証のために比較する全球規模の観測値を必要とする。

大循環モデルが登場した頃は、モデルが出力する全球規模を持つ気象要素と直接比較できる観測結果は多くなく、特に上層の観測値はきわめて少なかった。そのため、検証のために異質な観測を無理やり組み合わせるなど、大循環モデルの評価には大きな困難があった。現在では、この比較にはデータ解析モデルで作成したグローバルデータが使われている。

地球システムモデル

大循環モデルは、当初大気力学を主体にモデル化された。大循環モデルが科学的に確立されてくると、それを物理学的に、あるいは生物学的、大気化学的に拡張する試みが行われるようになった。つまり、大気循環に大きな影響を及ぼす海洋を結合させたり、温室効果ガスやエアアロゾル、オゾンなどの放射の吸収・射出物質を加えたり、温室効果ガスを吸収・放出する植生を入れたりして、なるべく地球そのものの再現に近づけるようになった。それらを「気候モデル」、あるいはさらに発展させたものを「地球システムモデル」と呼んでいる。特に気候の将来予測を行うモデルは、基本的に地球システムモデルであることが多い。

 

地球システムモデルの概念図
(代表的な要素やプロセスのみを記している)

そして、地球システムモデルをはじめとするシミュレーションモデルは、モデルに組み込まれたパラメタリゼーションなどの物理過程や計算手法が、モデル毎に異なる。それらのモデルが現在の気候を再現しているかどうかについては、観測値を使って検証することが出来る。しかし、気候の将来予測については、結果が正しいかどうかを検証することはできない。このため、個々のモデルによる予測の違いの幅を知るために、モデル相互比較が行われている。  



[1]堤 之智、気象学と気象予報の発達史、丸善出版、2018.
[2] 当時は2層モデルであったが、地域による上空の気温の違いを表現でき、それに伴う傾圧的な循環なども原理的には表現できた。