2024/05/13

計算摩擦

データを情報や知識に変換するには、何らかの計算を伴った数値処理を行うことが多い。そして、あらゆる計算には、時間とエネルギーと人間の関与を必要とする。著者のエドワーズはこれを「計算摩擦」と呼んでいる。データの収集や確認、保存、移動、利用に必要な時間、エネルギー、処理のコストを「データ摩擦」としたが、その中には計算摩擦が含まれることも多く、計算摩擦とデータ摩擦は、相互に関連することが多い。

計算摩擦の例として気候値の作成を挙げる。気象観測値を気候値として使うためには、膨大な量の観測値を日、月、年の平均値や最大最小値などの統計値に変換する必要がある。

気象観測が始まった当初は、その作業は各観測所で行われ、その統計値だけが中央に報告された。それでも各観測所で算出された日平均値などを一か所に集め始めると、その値をさらに地域毎に平均して保管するなどの処理が必要となり、それは継続する大変な作業となった。

19 世紀末に米国で国勢調査のために使われるようになったパンチカードは、1920 年代に入ると気象データの処理に各国で使われるようになった。パンチカードとは、縦横10cm×20cm程度の厚紙に、タイプライターのような穿孔機で数mmの孔を穿孔して、その位置によって値やアルファベットを記録する媒体のことである。1枚に80文字程度記録できた。1929 年に大恐慌が起こると、米国では不況対策の一つとして、大勢の失業者を雇って過去の気象データをパンチカードに打ち込む作業が進められた。

パンチカード(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Blue-punch-card-front-horiz.png)

パンチカードリーダーは、カードの孔の位置を瞬時に読み取って、数値やアルファベットを装置内に格納した。それだけでなく、その際に簡単な演算も行えたため、気候の統計作業における計算摩擦の軽減に威力を発揮した。

パンチカードは第二次世界大戦後の電子コンピュータが発達すると、それへの数値の入力手段に使われるようになった。日本でも1980年代半ばまで、コンピュータへの入力媒体として使われた。

気候統計は単純な算術計算だけでは済まない場合がある。例えば気候データとしてよく使われる全球平均気温は、全観測地点の観測値を足して地点数で割っても正確な値にはならない。観測地点がその地域の気候をどの程度代表しているのかを判断して、計算時にそれに応じた重みを加えなければならない。これには人間の判断が必要で、観測地点を用いた気候値がばらつく原因の一つとなっている。

また最も困難な問題は、全世界中に一様な間隔で観測地点があるわけではないことと、海洋上などに広大な観測空白域が存在することである。全球平均値などは、それらを考慮しながら処理する必要がある。これらも一種の計算摩擦となった。

これは当初数値予報の初期値決定の際に大きな課題となった。この予報初期値の問題の解決は、種々の統計・補間法を用いた客観解析から始まって、その後4次元同化へと発展した(ブログ「気象学と気象予報の発達史」の「データ同化に革新を引き起こした佐々木嘉和」を参照)。現在では、高度な数学と最新鋭のコンピュータを用いて、この手法を用いていわゆる「再解析」が行われて、全世界の過去の気象値の再現が行われている。

現代では、コンピュータによって、計算摩擦による影響は極めて小さくなったといえる。