2024/05/18

WMOによる世界気象監視(WWW)プログラムの構築

まずここでは、このブログの「国際政治とグローバルな気象観測網」や「グローバルデータの収集」と内容が一部重複することをお断りしておく。

第二次世界大戦以前は、各国が自国の気象観測網を構築して、その観測網間でデータ交換が行われていた。しかし、技術的に通信が行えても、手法や様式が異なるため、他国の観測データを使うことは容易ではなかった。これはデータ摩擦の一つとなった。

観測手法やデータ様式の調整に当たった国際気象機関(IMO)は、政府間組織ではなかった。そのため、決定に拘束力を持っておらず、その決定事項は各国気象機関によってしばしば無視された。その結果、観測手法は国によってまちまちであり、観測データは統一的な様式となっていなかった。そのデータ摩擦のため、観測データの交換・利用は一部に止まった。つまり、各国気象局はデータ共有による利益よりも、政府からの科学的な独立性の方を重視していた。

しかし20世紀半ばから、気象予報技術の発達、通信技術の発達、国際協力の重要性の高まりによって、データ交換のための観測手法や様式の統一は各国気象機関の悲願となっていった。第二次世界大戦が終了すると、気象観測所の拡大や国際的な気象データ交換の円滑化を図るため、各国間で世界気象機関条約が結ばれた。そして、1951年にIMOは、政府間組織で国際連合の専門機関の一つである世界気象機関(WMO)へと変わった。

既述の「データ摩擦」の状況が大きく変わり始めたのは、このWMOが設立されて国際調整が行われるようになってからである。4年に1度開催される世界気象会議で決議された内容には、ほかの国連決議と同様に拘束力が発生する。冷戦のために多少の混乱はあったが、現在ではその決定に基づいて、世界中で同じ手順で一斉に観測が行われ、その結果はデータの交換が可能な形で各国で共有されている。

高空を利用した政治

戦後発展した技術に人工衛星があった。人工衛星は冷戦において軍事的な偵察に大きな可能性を持っていたため、特に米国とソビエト連邦で開発が推進された。しかし一方で、人工衛星には単一の測定器で世界中の気象を観測でき、また衛星を中継に利用して世界規模で通信を行える能力があった。そのため、世界中の地上の気象観測結果を中継して、衛星自身による観測と組み合わせることによって、人工衛星は予報精度を向上させる大きな可能性を持っていた。

1961年9月に、米国のケネディ大統領は国際連合の総会で演説を行い、世界を結ぶ通信と人工衛星を用いた気象予測(と気象改変への探求)を提案した。この提案は満場一致で採択された。これは冷戦の高まりを受けて、気象予報という平和利用を名目とした宇宙利用を訴えたものだった。1962年にケネディとフルシチョフは、衛星を用いたグローバルな気象学の価値とそのための協力に合意した。しかし、残念ながら1962年10月のキューバ危機で、この合意は白紙に戻った。

世界気象機関(WMO)は国連総会での決議を受けて、既存のさまざまな気象観測ネットワークと、新しい宇宙からの観測システムを国際的な通信ネットワークで結びつけて、世界各地からの観測データを共有して処理する、という新しいプログラムを設立した。それが「世界気象監視(World Weather Watch: WWW)」である。この骨子は次の2つである。

(a)気候に影響を与える基本的な物理力と大規模な気象改変の可能性についての知識を深めるために、大気についての科学と技術の状態を向上させること。

(b)既存の気象予報能力を発展させ、加盟国が地域気象センターを通じてその能力を有効に活用できるようにすること」

この実現のためには、まず観測の手法の統一、観測結果の報告様式の共通化が必要だった。また、コンピュータモデルと自動化されたデータ処理システムに焦点を当て、数値予報のために世界中の観測データを瞬時に収集して共有するために、既存のアナログとデジタルからなる多くの異質なネットワークをつなぐ必要があった。このWWWプログラムによって、各国の気象観測網の結果を集めて、3つの予報センターで処理し、計算した予報結果を各国へ送付するという一貫した流れが確立された。

各国の気象機関は、これに基づいて独自の解釈や情報を付加して、気象予報を自国民に提供できるようになった。また、数値予報を行う能力を持ついくつかの国は、WWWによって世界中から集まったデータを用いて、独自に予報することが可能になった。そしてこのシステムは、世界規模のインフラストラクチャとして機能することになった(これは「インフラストラクチャのグローバル化」でもあった)。

 

WWWの通信システム(Global Telecommunication System)  。
「気象業務はいま2022」(気象庁)より

世界気象監視(WWW)が成功した原因

このWWWにおけるインフラストラクチャのグローバル化に成功したのは、技術面から見ると既存の多様なネットワークをつなぐという「インター・ネットワーク」戦略を採用したためと著者のエドワーズは主張している。

WWWを、「既存の標準や慣行を含む既に基盤化されたものの上に構築する」という戦略がその成功に直接つながった。WWW設立時に、WMOの標準と技術指針が既に機能していたため、WWWの構成システム同士の結合の際に、関係者はそれを直ちに円滑に進めることができた。エドワーズはこれらの標準と技術指針が、既存のシステム間のゲートウェイ(様式が異なるものをつなぐ変換器具のようなもの)として機能したと述べている。

ゲートウェイのイメージ。ゲートウェイとは、異質なものを統一的に扱えるように変換する装置や仕組みのようなもの。ただし、ハードウェアとは限らず、標準化や技術指針などの社会制度もそのような機能を持ったものの一つである。

技術以外の問題もあった。多くの発展途上国は、気象の監視や予測を一部の先進国が独占することを危惧した。WWWの計画者たちは、WMOの自主的支援プログラム(VAP)をWWWの実現と直接結びつけた。WWWは、VAPによる各国職員の研修や技術支援の提供を通して、WWWの利用を途上国に推進してこの危惧に対処した。これはWMOの標準と技術指針の世界的普及にも貢献した。最終的には、多くの途上国がWMOの会議で謝意を表した。

これを国際政治の面から見ると、WWWの実現は、気象観測に関する標準の調整と決定の権限を、各国の主権からWMOに一定程度移すことに成功したといえる。これは、WMOが政府間機関として各国を説得する中立性と正統性を保持していたためである。

しかしエドワーズは、それ以外の成功要因として、WWWが「インフラストラクチャのグローバル化」という技術政治的な姿勢を取ったことも挙げている。技術政治とは、政治目標を達成するために技術を戦略的に計画あるいは利用することを意味する。また反対に、技術的あるいは科学的目標を達成するために、政治権力を戦略的に用いることも意味している。

技術政治は、政治と科学に対して相互指向(mutual orientation)的に作用した。これによって、冷戦における政治目的を達成するために、米国とヨーロッパとソビエト連邦の政府は、このシステムの大部分の費用と技術的な負担を受容した。一方で、WWWは超大国を科学に協力させるとともに、超大国同士の冷戦という政治に科学者と予報者たちを巻き込むことにもなった。

WWWの運用

エドワーズは、WWW の計画と実施の戦略は、「分散化された設計とテストとその実施を、中央での軽微な調整と組み合わせたもの」としている。つまりWMOが調整した中身については、各国家気象局が分担して実施している。WMO は、比較的中立的な傘とプロジェクトの討議場とその決定事項の普及の場としてのみ機能した。この事業の実践のために必要な事実上のすべての装置、資金、施設、および職員は、国家気象局によって提供された。

一例を示そう。WWWの大気化学版である全球大気監視(Global Atmosphere Watch)プログラムにおいて、日本の気象庁はその機能の一つである「WMO温室効果ガス世界資料センター」を運営している。このセンターで全球大気監視に参加している全世界の温室効果ガス観測の結果が、収集・保存・公開されている。同センターはWMOの方針に沿って運営されているが、その人員、場所、運営費用は、原則として全て日本の気象庁が提供している。同様にWWWの具体的な実践は、WMOの決定や指針に従って各国の気象機関が行っている。

グローバルなインフラストラクチャとしてのWWW

WWWは、真にグローバルなインフラストラクチャであり、真にグローバルな情報を生成する。事実上、ほとんどの国がデータを提供して、またWWW のデータプロダクトを受け取っている。これによって、まさに「グローバルデータの収集」が実現した。

このWWWの計画を記した報告書が、初めて発行されたのは1962年だった。現在のインターネットの原型となったARPAネットワークの通信が成功したのは1969年である。米国科学アカデミーは、WMOによるWWWを、世界において「正式に組織化された最も国際的でグローバルな観測と通信、処理、保管のシステム」と呼んでいる。

このWWWは、今日のインターネットによるワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)を先導するものとされている。著者のエドワーズはこの世界気象監視(WWW)を、現在のワールド・ワイド・ウェブと対比させて「最初のWWW」と呼んでいる。

まとめ

これが、「国際政治とグローバルな気象観測網」のところで述べた、各国が共通の「決められた手順」で観測を行い、その結果は「決まった形式」で世界規模の通信網を使って報告されて、各国で「共有」されている理由の一つである。

なお人工衛星は、当初はWWWにおいて1つの観測機器で地球全体の大気をまとめて観測することができると期待されたが、観測を気象要素の格子点値に変換するのは容易ではないことがわかった。WWW開始後、データ同化技術が開発されるまで、10年間は衛星は実質的に数値予報には貢献しなかった。

しかし、宇宙から雲を見るわかりやすい衛星画像は、当時から天気予報番組などでは盛んに使われた。現在は衛星観測による放射量などは、気象要素に変換せずに、直接物理量として同化モデルに取り込まれ、数値予報などに重要な役割を果たしている。