現代において様々な共通の認識の元となっている科学知識は、いったいどのようにして生み出されているのだろうか?
著者のエドワーズによると、それには、まず手段やものを使って思考や実験を行う必要がある。それによって、何か新しいことを発見した場合には、それを周知して他の専門家と共有しなければならない。その上で、それが真実ですでにわかっていることと矛盾しないことを他の専門家に納得させる必要がある。それには、発見したことを理解する学会などの共同体が必要で、その共同体と学会発表や論文誌などでつながって、はじめて専門家を納得させることができる。
そして、そうやってその発見について他の専門家たちの理解を得られれば、それは新しい知識として発表され、権威に裏付けられた物となる。それによって世界中の人々の信用を得る。科学的な新しい「知」は、ほとんどがこういった段階を経て生まれている。
新たな科学知識が生まれるプロセス概念図
そして、エドワーズは新しい知が確立されるこのような手続きは、広い意味でのインフラストラクチャであると主張している。現在、そうやってインフラストラクチャによって生み出された知識が、さまざまな分野での思考や技術や社会制度を支えている。
ではこのインフラストラクチャは、どのようにして数十億人もの一般人の思考や生活に溶け込むようになったのだろうか。このようなグローバルなインフラストラクチャは、人々と物と制度からなる長年かかって気づき上げてきた堅固なネットワークで出来ている。それは技術だけでなく人々や社会制度も含むという意味で、それは「社会」技術システムである。
そして、そのグローバルなインフラストラクチャの一つが気象観測網である。1850年代からの気象観測網の発達の歴史には、電信から無線、パンチカード、コンピュータとネットワーク化、人工衛星などによる技術の発達と、政府間組織である世界気象機関(WMO)とそれが各国に規定する規範という社会制度が絡んでいる。
世界気象機関(WMO)のロゴ
それらによって、気象学は世界中の気象を統一的な手法で観測するだけでなく、それを国家を超えてネットワーク化し、気象の物理過程をモデル化してグローバルなデータを解析し、その結果を科学的な記憶として保管し、それを世界中で使えるようにして知を生み出す、という一連の円滑な流れを確立した。だから、それはグローバルな社会技術システムというインフラストラクチャの構築でもあった。
世界中の気象予報(数値予報)は、この恩恵を蒙っている。そして現代では、それを利用して発達し、さらにコンピュータモデル化された気候科学も、グローバルなインフラストラクチャの一部となっている。そのインフラストラクチャから生み出された気候に関する知は、人々の意識を促し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などを設立した。そして、そのインフラストラクチャは、そうやってさらに強化されている。その結果、地球温暖化という知は、数十億人もの一般人の思考や生活に既に溶け込んでいる。
このように説明することによって、著者であるエドワーズは、グローバルな特徴を持つ気象・気候データからわかった気候変動を、「グローバルな知を生み出すインフラストラクチャ」という概念と関連させて論じることによって、温暖化しつつある新たな地球を捉えるためのグローバルな思考と、それを支えるインフラストラクチャの重要性を描写しようとしている。