2024/04/05

はじめに

この本「気候変動社会の技術史」の原著は、「A Vast Machine」である。これを直訳すると、巨大な機構となろうか? このA Vast Machineという言葉は、19世紀の英国の社会思想家で評論家だったジョン・ラスキンの言葉から採られている。彼は気象学者でもあった。彼は、当時の叙情的で主観的な気象の表現を、科学的、客観的なものにすべきと主張していた。そして、そのために世界規模の気象観測網の構築を夢見ており、その全世界の気象を一斉に観測するための理想としたシステムを、彼はA Vast Machineと呼んだ。

気候変動社会の技術史(日本評論社)
 
「気候変動社会の技術史」の著者である、スタンフォード大学教授のエドワーズは、現代の世界規模の気象観測システムを、ラスキンが提唱したA Vast Machineになぞらえて解説している。各国の気象機関が協調して19世紀から長年かけて作り上げてきた気象観測システムは、現代の世界規模の各種インフラストラクチャの先駆けの一つになっただけではない。それは現代社会における気候変動問題を考える上で、人類にとって欠くことの出来ないインフラストラクチャともなっている。

では、世界規模の気象観測システムはなぜ始まり、どうして広がり、新たにどういう要求が起こり、どうして国際規模になり、どうやって通信の進歩に適合し、 数値予報を実用化し、気候科学が生まれ、その結果、どのようにしてそれが人類にとって基本的なインフラストラクチャとなったのだろうか?

それには、もう一つ、コンピュータとそれを用いた気象と気候のモデルの発達が大きく関連している。そして、それらがどう関わって、最終的に現在のように人類が世界規模の気候変動問題を認識するようになったのだろうか?

これらの問いに対して、認識論、社会技術論、通信などの技術史、気象学の歴史、コンピュータの歴史などを織り交ぜながら、答えを紐解いていく書となっている。 極めて幅広い分野にわたる根源的な問いに答える本となっている。

そのためこの本は、米国気象学会の「ルイス・ J・バタン著者賞」(2012 年)、技術史学会が授与する「コンピュータ歴史博物 館賞」(2011 年)、ASLI(Atmospheric Science Librarians International)の歴史部門の推薦賞(2010 年)を受賞している。さらに、英国のエコノミスト誌 が選ぶ2010 年のブック・オブ・イヤーの中の1 冊にも選ばれている。たしかにそれらの受賞に頷けるだけの中身の濃い本となっている。

以下に目次を挙げるが、それぞれの章は関連している。ただ目次だけ見てもどう関連しているのかはわからないだろう。また、摩擦や再解析、パラメータなどそれだけではわかりにくい言葉もある。また中では新たな概念も提唱されているので、それらも含めてこのブログで徐々に解説する。個々のブログは右上の「ブログ内のタイトル」にリンクされている。

 目次

第1章 グローバルに考える
第2章 地球空間と万国標準時――地球大気を知る
第3章 標準とネットワーク――国際的な気象学とレゾー・モンディアル
第4章 第二次世界大戦前の気候学と気候変動
第5章 摩擦
第6章 数値予報
第7章 気候予測――期限のない予報
第8章 グローバルデータの作成
第9章 世界最初のグローバルネットワーク
第10章 データのグローバル化
第11章 気象データを巡る戦争
第12章 再解析――過去の気象データの作り直し
第13章 パラメータと知の限界
第14章 大気のシミュレーションと国際政治――1960年-1992年
第15章 シグナルとノイズ――合意、論争、そして気候変動
結論