2025/09/01

「成長の限界」(1) 幾何級数的な成長

(このブログは「気候変動社会の技術史」(日本評論社)の公式解説ブログの一部です)


 「成長の限界」を取り上げる理由

「気候変動社会の技術史」において著者のエドワーズは、1972年に発表された本であるローマクラブによる本「成長の限界」を取り上げている。「気候変動社会の技術史」に書かれているように、これは一般向けの書籍として出版され、世界中で700万部以上売れた。

 

成長の限界 

「成長の限界」が斬新だったのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のフォレスター教授が開発した「ワールド・ワン」と呼ばれるグローバルモデルを用いて、将来予測を行ったことである。この研究は、グローバルモデルを用いて実質的に世界で初めて全球規模での人口や経済などの成長を定量的に予測したものとなっている。そしてその結果は、50年以上経った今でも世界の成長と課題について、本質をついた部分があるのではないかと思われる。

モデルの一般的な利点をおさらいしておきたい。モデルは分析するさまざまな要素の関係性を明示して取り込むことにより、最終的には人間の直感では掴むことができない結果を出すことが出来る特徴を持っている。例えば、アリストテレスは地球から見える星々の動きを、地球の周囲を回る惑星と恒星という関係性で可視化し、宇宙構造のモデルとして人々に提示した。このモデルは天道説ではあったが、これがその後のプトレマイオスやコペルニクスなどによる宇宙モデル改良によって地動説のための叩き台となった。

例えば地動説はいきなり人間の直感から容易に得られるものだろうか?アリストテレスの宇宙モデルは、その後星々の関係性を可視化した叩き台となることによって、西洋科学の発達(つまり現代の我々の暮らし)に計り知れない影響を与えた。一方で、東洋(中国)では、宇宙は渾天説,蓋天説,宣夜説などの星々の動きの数理的な解析が対象となり、宇宙構造を統一的に説明するわかりやすいモデルは出なかった。この差が、東洋ではいわゆる科学革命のようなものが起こらず、ルネサンス以降、西洋科学に水をあけられる原因となったのかもしれない。

さて話を戻す。数値モデルは世界に適用可能な一般性のある定量的な理解や議論を可能にする。フォレスター教授のモデルの結果は、成長をもたらす複雑なシステムに関する関係性を秩序立てて集めて分析したものである。「成長の限界」は、グルーバルモデルを用いた定量的な人類の将来予測の最初のものであり、今から50年以上前に行われた予測結果は、現在から見ると(現時点では)必ずしも当たってはいない部分もある。

しかしこの予測結果は見当違いだったというよりも、「成長の限界」が指摘している課題の多くについて、現実の状況の方が先送りされているだけのように見える。つまり、「成長の限界」の内容や指摘している課題の多くは、本質的にはまだそのまま残っているではなかろうか。「気候変動社会の技術史」で取り上げたように、温暖化予測モデルを用いた地球温暖化の議論は、「成長の限界」でのモデルによる議論とも共通する部分がある。そのため、今回は「成長の限界」での議論を詳しく見てみることにしたい。

幾何級数的成長

現在、世界の人口や経済は幾何級数的な成長あるいは拡大を行っている。「成長の限界」は、この「幾何級数的な成長」を取り上げている。幾何級数的成長とは、一定割合での成長ではなく、倍々ゲームのように時間とともに急激に拡大していくことを指している。しかし、この幾何級数的成長の特徴やそれによる結果は、人間の直感では得にくい。例えば「成長の限界」では、次の例を挙げている。

もし広い池の中に生えている睡蓮が毎日2倍の大きさになり、30日目でその池を完全におおい尽くして池の中の他の生物を窒息させるとする。そうならないように睡蓮が池の半分を覆ったら、その時に刈り取るなどの対策を立てることにする。その日が来るのはいつだろうか?答えは29日目である。つまり、池を救うのに残されているのは1日だけということになる。

池の睡蓮

もちろん、この程度であれば直感でわかる人も多いかもしれない。しかし現実ははるかに複雑である。「成長の限界」では、人口、資本、開発、天然資源、工業産業、農業等生産、汚染、サービス等のざっと70前後の要素とその間の関係性を挙げて、その間の複雑な関係性を分析して予測している。幾何級数的な成長をもたらしているそれらの要因だけでも、的確に把握して精緻に検討・分析して将来予測を行うことは、モデルを用いない直感では不可能に近い。

幾何級数的成長をもたらしている要因

世界の経済成長を考えてみると、各年の生産の大部分は消費財として消費されるが、一部は資本ストックとなって、資本を増加させる投資となる。これは正のフィードバック・ループとなり、増えた資本ストックはさらに投資を増加させて生産を増大させる。この仕組みによって経済成長は繰り返されて、幾何級数的な成長となる。 

幾何級数的な成長の模式図

「成長の限界」は、世界の成長に必要な要素をおおまかに二つのカテゴリーに分けている。第一のカテゴリーは、「生理的活動や産業活動を支える物質的必要物」であり、これには食料、化石燃料などの天然資源と、生産物を再循環させている地球の生態学的システムなどが挙げられる。第二のカテゴリーは、「社会的に必要な要素」であり、これは平和、社会的安定、教育、雇用、技術の進歩などである。これらの要素は成長のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。

現在幾何級数的な成長を示している大規模な経済成長は、第一のカテゴリーである天然資源に強く依存している。そしてその利用には、第二のカテゴリーである「社会的に必要な要素」にも強く依存している。例えば産出国と消費国の間の国際関係などの政治が第二のカテゴリーの一つである。これは石油の価格が中東情勢と大きく関連していることでもわかる。

 (次は「成長の限界」(2) 成長の将来予測と結論」